自由と不自由に憧れるゲーマーたち

ここ何年かのゲームのトレンドといえば、オープンワールド、サバイバル、サンドボックス、クラフトの4つがやっぱり目立つ。
GTAなんかを筆頭に、昔からあるジャンルだけれども、マインクラフトなんかはじわじわと人気を伸ばし、今はあのドラクエさえもがシステムを取り入れたりしていよいよ一般的なジャンルへと変わりつつある。レゴのような世界感で自分で世界をクラフトしていく。

PCゲームではようやく落ち着いたといえ、上記の4つをうまく全部入りさせたポストアポカリプスと呼ばれるゲームが人気。
もはや金字塔といえるFalloutシリーズに、ゾンビサバイバルのDayz、H1Z1等も人気で、変り種としては極寒の世界や海底でサバイバルを楽しむものもある。

どのゲームも共通しているのは圧倒的に自由で、圧倒的に不自由なところだ。
コンセプトと目的は与えられるが、そのほかには何もない。
ゲーム内で実現できる範囲とはいえ好きな事ができるが、そこまでは何もなく、とにかく不自由な状態から手探りで自由を得るという点で共通している。

一昔前のゲームは与えられたシナリオを楽しんでいくのが主流だった。
そこはやはり非現実へのあこがれとか空想とかそういう楽しみ方だったと思うけれど、今のこれらはそこもプレイヤーに任せている。
現実もそういう風潮はあるけれど、どんどんできることは広がるのに、自由というものを求めてしまうのは、きっとどんどん現実が不自由になっているって事なんじゃないかとふと思ってしまった。

そんな今年は3DVRゲーム元年とも呼べる年になるわけで、そろそろ戻ってこれない人が生まれてきてもおかしくないんじゃないかなと、
海底をサバイバルしながら思ってしまった。

収穫前の下準備にニラの捨て刈りをしました

我が家のニラもだいぶ背丈が伸び、そろそろ収穫できるようにする準備という事でニラの捨て刈りを行うことにしました。
冬の休眠の後に伸びる最初の葉は繊維質が強い為、食べてもかなり食感が悪いです。
そのため美味しいニラの為に最初の葉は刈り、次に伸びてくる柔らかい葉を収穫します。

捨て刈り自体はとても簡単で、地上部の3〜4cmくらいを残してばっさりと刈り込むだけです。
その後の生育の為に軽く追肥と土寄せも行って作業は終了。
それで大量の葉を捨てようとしたのですが、そこに母が登場。
「それ、もったいないから捨てないでね」と言い残して去っていきました。

これで夕飯の献立が一つ決まったとすこししょんぼりしながら回りの雑草を抜き、バーミキュライトが余っていたので少しマルチングして今日の作業は終了。
夜には案の定捨て刈りのニラの葉がニラ玉として登場しました。
期待せずに食べてみると、やっぱり硬い。
しっかり繊維が感じられるというか草っぽいというか。
とはいえ次回からは美味しいニラが食べられるので、今回は我慢しつつ、今年最初の恵を頂きました。アリシアクリニック 予約

こどもの気持ち。母の気持ち。

最近あった幼稚園での出来事です。

年長さんのお姉ちゃんが、年少さんの弟に「嫌い」と言いました。
すると、つられて他のお友達まで「嫌い!」と。。。

親の私が、ずーんと落ち込んだところに、息子は、
「僕はみんな大好きだよー!」と明るく元気な声で返しました。
お!すごい!タフ!と感心。

そんなことがあった帰り道、お姉ちゃんに「あんなこと言っちゃだめだよ。弟悲しいよ。」と説教。
息子は平気なのかな?と心配していたのですが、うしろで、「僕ね、前に鬼って逃げられたの。鬼じゃないのに。」とぽつり。
それは、1ヶ月以上も前にお姉ちゃんのお友達と遊んだとき、鬼ごっこで鬼にされてしまい、みんなに逃げられていたときのお話。
なぜ今そんな話?と思ったのだけど、母は気づきました。
今日みんなに「嫌い」って言われて明るく笑っていたけど、だいぶ前にあった嫌なことと同じ気持ちになったんだなと。

息子よ、それは【悲しい、つらい】って気持ちだよ。

そのあと、お姉ちゃんは叱ったけれど、息子には悲しいとかつらいを言葉で教えてあげるのではなく、ぎゅっと抱きしめました。
いつか、息子の頭の中で、その感情に名前がつく日がくるまで、母は隣で待っていようと思います。ミュゼ100円だけ